この話は昭和61年3月に起こりました。その日は朝から雨が降っていました。6時頃目が覚めたかもしれません。たぶん20分の瞑想をしたと思います。瞑想終了後と同時にベッドから降りました。2階に寝室がありましたのでそのまま2階から降りてトイレに行きました。朝食を取った後、またトイレへ行ったと思います。それからトイレを出て,電気カミソリで鏡に向かって髭をそったと思います。当時は今のように充電式ではありませんので、コンセントのあるトイレの前の鏡を見ながら,髭をそりました。髭をそりながら、なんでこんなに急がされるのかと思いました。普通なら瞑想後、ベッドのふとんの中でボーとしていてもおかしくありませんが、瞑想後、時間は充分あるのに、すぐにベッドから降りるのがおかしいなと思いました。とにかく急がされるのです。まるですぐそばで、早く早くと言われているようでした。自分でも分かります。最後に洋服ダンスの鏡を見て少し落ち着いた後、初めて気がつきました。私のすぐそばで、早く早くと聞こえませんが言っている人が誰だかが分かりました。K先生でした。実を言うと当時神智学と言う名の関係の本(見えざる助力者 発行所 竜王文庫)を読んでおり、このようにあの世の人が早く早くと急がせることが虫の知らせとか言う項目にぴったりだったのでK先生が今、自宅に来ているのがわかったのです。なぜK先生だと言うと、1週間前に次のような事がありました、当時は私の事務所が旧渥美町役場のすぐそばにありました。事務所のそばに豊橋市に本社のある金融業を営む大和商事(株)の渥美支店があり、時々、そこに行ってはお茶を飲んだりしていました。ちょうど1週間前に、そこの会社の事務員である河合さんと話しをしたことを思い出しました。話しの中身はこうです。私が河合さんに、「K先生がまた病院に入院したと聞いたけど、もしかしたら、K先生かなり悪いのではないかな、1週間後に亡くなるかも知れないよ、河合さん」すると、河合さんは笑いながら「そんなことないわよ」と否定しました。こんな会話を思い出しましたので、K先生が亡くなられて訪ねてきたのだと直感しました。鏡の前でふりむいて見えないK先生に言いました。「K先生亡くなられたのですね。姿は見えませんが、ここにいることが分かります。葬儀はしっかりと手伝いますから大丈夫です」と、それから自宅から車で事務所に向かいました。事務所に着いて寒いのでストーブに火を点け、手をかざして暖まっていましたら、同じ組の林さんが入ってきました。林さんは入ってくるなり、「川崎さん今日は(事務所に来るのが)早いね、おい、川崎さん、たいへんなことになったよ」と言いましたので、私が「K先生が亡くなったんでしょ」と言いましたら、「なんで、あんた知っているの」と林さんがびっくりしながら言いましたので、私も「朝K先生が自宅に来たから」と言いました。林さんは「えー」と言って又、びっくりした声を上げました。「川崎さん、組の人と、みんなで今からK先生のところへ行くからあんたも来てくれないか」と林さんが言いましたので、私も事務所を出て隣のK先生の自宅へ行きました。
次になぜ、K先生が私の所へ来てくださったのか、その理由をお話しします。ここで葬儀のことを話しておきます。K先生の自宅と私の事務所は隣にあり、同じ組ですので、同じ組の人が死ぬと葬儀のために事務所を1日休んで、葬儀を手伝います。葬儀の手伝いはまず、同じ組の杉浦自転車屋さんから軽トラックを借りてきて、栖了院の近くにある倉庫へ、自治会で作った葬儀用の祭壇などの入った箱を取りに行き、それをそれぞれのお寺の本堂へ運び込み置いておきます。その後それを葬儀屋さんが祭壇に飾ります。墓石を動かしたり、墓石の上に乗ったりしたこともあります。その様な仕事とか、本堂で葬儀が行われている時に、葬儀に来ている親戚の方の食事用の長机を出して準備をしたり、机の上に箸を並べたり茶碗を並べたり、座布団を並べたりします。私も注意深い生真面目な男ですので、机が曲がっていたり、座布団があっちを向いたりしてないようにまっすぐにしたりと、色々細かいとこに気を使ってこまめにやります。気がつくと、誰かに見られているように思い、顔を上げるとK先生が私を見てにこにこしているのです。こんなことが何度もありました。今でもにこにこ顔の先生を思い出します。K先生はいつも喪服を着て、お寺の葬儀の受付にいてくださるのでとても助かります。受付にいて人が途切れた時に何度も私の働き振りを見ており、その働き振りが気に入って、きっと私の所へ朝来て下さったのだと思います。本当にとっても光栄なことです。先生はきっと私が葬儀をしっかりやってくれるだろうと思って来てくださったのだと思います。しかし私の自宅は知らないのにあの世に行けばどこへでも簡単に行けるのですね。人間は死んだらおしまいではないですよ。こうして先生があの世で元気に行動出来て、生きているように振舞うことが出来ることが分かり、この話を聞いた家族の方は幸せです。
以上が、亡くなられた方が朝、私の自宅に訪ねて来られた話です。


 市役所にお孫さんがおり、何年に亡くなったか聞きましたところ、昭和61年だそうでした。私は平成の話かと思いましたが、記憶は曖昧ですね。この話はお孫さんは初耳だったそうです。奥さんはこの話を聞きに来られたことがありました。お孫さんにプリントした紙を奥さんに見せてあげてと言いましたら、2年前に亡くなっていました。きっと、あの世で先生に会って、この話が本当かどうか聞いているかも知れませんね。
 雨の朝、私の事務所に来られた林さんも5年ほど前に、既に亡くなっていました。


 神智学については、昭和59年頃(本の発行年月日から推測)から本を買い集めておりました。C・W・リードビーター著の本が素晴らしく良く、この本を読んだおかげでこのブログが書けました。この本が無かったら、K先生が自宅に来られたことは、分からなかったかもしれません。本が現実に役立って良かったです。K先生にも感謝します。
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