Sさんは田原市(渥美町ではない)の地元の出身ですので、朝の10時頃、わざわざ挨拶に来てくれました。今後の予定はまだ決めていないそうです。バブルの頃、私もお金が必要な時がありました。その時はどんな難しい登記でも喰らい付いて仕事をしました。超、すき間産業的な仕事で、普通の司法書士の方なら絶対そんな登記などは手を出さないと思います。でも、私はお金がどうしても必要だったのです。だから、どんなに疲れていても、事務所の中で寝ていることはできませんでした。机に、はいずりあがり、仕事を進めなくてはいけませんでした。そうしないと明日、提出する仕事がないのです。だから毎日休みなく、仕事を進めておかなくてはなりませんでした。その一歩一歩の積み重ねが次の日の提出書類となっていくのでした。それを持って法務局(田原出張所)に行くのです。毎日、毎日普通ではありえない書類を持って行きました。だからそのことをよく知ってて、それを受け取り調査するのがS職員でした。ある時、持って行くと、「なんだ今日も出すのか」とたまげた声を出して言われました。そりゃびっくりすると思います。こんな登記書類は必ず途切れますよ、しかし、お金がどうしても必要でしたので、がんばれるのです。代打のバッターが代打で毎日ホームランを打っているようなものですから、本当にすごい仕事をしていたのです。S職員はこのことを一番近くの司法書士さんに話しました。その司法書士さんは私に「あんたのうわさは聞いている」と言いました。S職員は他の司法書士にも川崎さんはいい仕事をすると言ってくれました。本当に当時はお金が必要でした。そして、そのお金は近くの自転車屋さんに渡りました。?
とゆうことで、きっとすごかった当時の私のことが気になって訪ねてきたんだと思います。

                 作成及び投稿年月日 平成24年3月22日(木)