2020年 3月の記事一覧

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20年03月30日 23時30分57秒
Posted by: kawasaki

 それではホームランバッターになる秘伝を教えましょう。この話はその3で話した試合の次の年になります。相手チームはなんと「あずさ」チームです。勿論公式戦ではありません。親善試合です。一軍と二軍のチームですからね本当は仲が良かったのかもしれませんね。私は後から入った人ですからあまり一軍とか二軍とかいうのはそんなことは考えていませんでした。おなじ町内の人もいますからね。あまり深い考えは持っていませんよ。練習試合で実験ができるとは一番いいチャンスをもらえたと思いましたね。それでは試合の話をしましょう。相手のピッチャーは早い球を投げる人ではなかったですね。普通のピッチャーですよ。だから普通に来た球を自分の間合いで打てばいいわけです。実験するには最適ですね。それでは第一打席の話をしましょう。もうすでに私は打ち方を考えていました。前年度の試合が終わった時から考えていたと思います。こうしようとか、ああしようとかは考えていましたよ。そしてその日がきた次第です。とにかく私は小柄な人間ですからね.大ホームランを打つには体の筋肉を全部使う必要があります。そして編み出した打ち方は球が来る前に馬鹿力で始動して、そのまま全力で振り抜けることにしました。結局この打ち方は前年度の打ち方と同じです。力を一切抜かずに最初から馬鹿力で振りぬくやりかたです。そしてその球がきました。一球目は見ていたかもしれません。だいたいの球の道筋を見ていたかもしれません。二球目に振ったと思います。いくら普通の球と言っても、普通に振っていたら振り遅れます。そこで先ほどの球の道筋を憶えておきそこに合わせて少し早めに振りぬくのです。勿論始動した時は球は捉えていません。体格のいい人ならばバットスイングが早いですからね、球をとらえて打てれるのですが、それができればいつでもホームランになりますよ。体格の無い私にはそれは出来ませんので少し早めに始動するのです。そしてぴったりと打つことができれば大ホームランになるのです。そして第一打席で見事打ちました。センターの頭上はるか高く飛んで行きました。私も打席で打球を見ていました。センターが振り向くとすごい勢いで追っかけて行くのが見えました。ベンチから新君の声が聞こえてきました。「走れ、走れ」と言われて、私も走りましたよ。最初から走っていれば楽にホームランになったかと思います。3塁を廻ると球も一緒ぐらいにコロコロと横を転がっていくのが見えました。しかし私の方が少し早くホームへ入りました。完全なホームランですよ。三塁線を抜けていくような偶然なホームランと違います。センターを守っていたのは杉浦君です。この人は下手な方ではありません。体格もいいしソフトの好きな方です。チームの新君も「杉浦君が捕れない球なら本物のホームランだ」言いましたからね。きっと途中で球がお辞儀をしてくると思ったと思いますね。二打席目はセンターフライで杉浦君がえらい勢いで前に突っ込んできて捕られました。打球がえらい高く上がりまして、私も見とれるくらい高く上がりましたね。それで杉浦君も最初は動けなかったと思います。慌てて前に突っ込んできたのです。かろうじて捕りましたね。私も球があれだけ高く上がったのを見たことがないですよ。それぐらい打球の勢いが強かったのでしょうね。これがホームランを打つ秘伝になります。体の小さい方はおためしください。練習の時このうち方を一度しました。ピッチャーは中平先生でした。場所は豊橋と田原に近い多門田の交差点近くの海岸がすぐ近い3塁側に6メートルフェンスのある球場でした。私が打った球はレフトの後ろにあるフェンスの5メートルぐらいの手前で落ちました。中平先生がびっくりしていました。試合で打てばフェンスに当たっていたかも知れませんね。練習での試し打ちですからね、多少の力は落ちます。小柄な体格の方ぜひ打ち方を会得してホームランを打って下さい。話は変わりますが、鎌田フレンドにこんなことが有りました。我がチームに巨人軍にいた選手の方が入ってこられまして、試合にも出てくれましたが、ホームランが無かったですね。当たるとゴロになるのです。打球は早いのですが、上に飛ばないのです。やはりこれではクビですかね。

                     野村監督のご冥福をお祈りします。合掌   

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20年03月29日 14時35分54秒
Posted by: kawasaki

 秘伝を発表する前に、「あずさ」というチームのことを話します。実を言いますと我がチーム鎌田フレンドは「あずさ」が一軍で、我がチームは二軍のチームになります。だから同じ町内の顔ぶれなのにへんだなと思っていましたところ、人数が多いと試合に出れない人が集まって作られたチームが鎌田フレンドなのです。つまり完全に二軍のチームですよ。しかしトヨタに仕事に来る人の中にはピッチャーでいい選手がいるのですよ。それをまた連れてくる我がチームの選手がいましてピッチャーで抑えれば勝てることもあるのですよ。そうです、鎌田フレンドも2回も公式戦で「あずさ」チームに勝っているのです。あの廃業した先生には負け戦ばっかりですが、ここでは勝っているのです。その2回も勝っているのに貢献しているのが私だったのです。一回目の勝利は相手のキャッチャーが球を後逸しまして、3塁にいた私が生還しまして1点差で勝ちました。私の勝利得点勝ちですよ。もう一試合の勝ちは代打逆転サヨナラ勝ちで勝ちました。私の勝利打点で勝ちました。相手のピッチャーは同じ町内の野田さんです。球は遅い球ですので打ちやすかったです。その後公式戦で打席に立った時に「この人に打たれた」と笑いながらマウンドから周りの「あずさ」の選手に紹介していました。だから私を恨んでいるわけですよ。尚、私の弟も鎌田フレンドに入っていましたね。それがどういうわけか、最後の頃は監督をしていましたよ。監督の力で悪い同業者をクビにしてほしかったよ。

以上がブログ事故前に書かれたものです。次からは初めて載せるブログになります。

 

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20年03月29日 13時53分35秒
Posted by: kawasaki

この題名のブログが事故で飛んでしまいましたので、書き直しています。この題名のブログは私がホームランバッターになったことを書くためにありますので、どうしても入れておきたく書いています。「あずさ」というチームと試合をしたことを書きます。読んだ方はスルーしてください。このチームとの試合で私がホームランバッターに成りましたので、どうしても書かなくてはいけませんので書く次第です。私が38歳ころだったと思います。試合は田原ソフトボール協会主催の公式戦でした。「あずさ」というチームの投手がとにかく投げるボールが早くて我がチームが三振の連続でして、最後のバッターで私が出ることになりました。私は打席に立つ前から3回バットを振るつもりで入りましたからね。それだけ球が速かったのです。当たれば儲けものだったというくらいで打席に入りましたからね。それだけすごく早かったのです。まず最初の球がきましたが、大かなぶりですよ。すると相手の1塁側ベンチがどんちゃん騒ぎになりまして、かなぶりに大喜びになりました。私もバットを投げ捨てまして、本気になって一番軽いバットはどれだと言ってしまいました。結局今のが一番軽いと言われまして、また拾って打席に入りました。とにかく私は3回バットを振るつもりでしたので、まだあと2回振れると気合を入れてはいりました。2球目を投げてきまして、そろそろ振らないといけないなとおもい思い振りましたよ。勿論球が来ていませんので、完全にやまかんで振りました。これが擦ると真芯にあたりまして、金属音のキーンを残して、ピッチャーの2メートルぐらい上を弾丸ライナーで飛んでいきました。私も巨人軍にいたクロマティーの真似をして一塁へ走りました。しかし途中であまりに早い打球だったので、センターヒットで返球で刺されると思い一塁まで最後は全力疾走になりました。それを見てなおさら一塁のベンチがしょぼんとなりました。かなぶりの時は大喜びですよ。打たれたらシーンとなりまして、よほど私に恨みを持っていると思いましたね。この一撃で私はホームランバッターになる技術を身に着けました。この技術を公開します。これであなたもホームランバッターになれますよ。

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20年03月27日 00時03分22秒
Posted by: kawasaki

 6月29日生まれの人は、結構向上心がありますので、いろいろの点で私と野村監督は似ています。昔、私も田原ソフトボール協会に加盟していたチームに入っていたことがありました。そのチーム名は鎌田フレンドというチームです。同じ町内のソフトボールの好きなもの同士が作ったチームです。当時はお盆になると町内対抗のソフトボール大会が毎年お盆に開かれていました。そこでそれなりに活躍していましたので、チームに入らないかとの誘いがありました。勿論好きだったので鎌田フレンドに入りました。田原のソフトボール協会では強い順にA,B,Cと別れていまして、当然私たちのチームはCクラスです。試合を楽しむチームですからね、欲のないチームですよ。私がホームランを打てるようになったのは田原市の協会主催の公式戦での出来事からです。相手のチーム名は「あずさ」です。私たちより上のクラスでBクラスのチームです。「あずさ」とは関係のない話ですが、協会では年に1回ほどクラスとは関係ない試合ができる規定がありまして、強いチームと試合をすることが出来ました。Aクラスのチームと試合をした時など、あいつらはCクラスの私たちのチームでもあほのように真剣に試合をしますからね。へぼチームの私たちは大変ですよ。ある時バントの格好をするものですから、私も気が抜けました。ところがそれがまねだったのですよ。バントすると見せかけてバットを引くんです。気が緩んでいた私の胸にボールが当たりましてね。試合中は何もなかったのですが、夜寝る前に横になろうとしたら、ギャーという声が思わず出ました。その後の1週間は寝るごとにギャーという悲鳴の連続でした。1週間したら痛みが無くなりましたけどね。多分弱い球でもあばら骨にひびでも入ったと思いますね。えらい目にあいましたよ。

 

事故でブログが消えましたので前に書いてなかったことを書きました。

 

 

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20年03月23日 00時36分06秒
Posted by: kawasaki

 私のブログに時々野村監督が出てきますが、野村監督と私はいのしし年の6月29日生まれで似ているのです。勿論年が違いますが、性格も似てると思いますね。しかし血液型は違います。野村監督はB型です。私はA型です。B型やO形は硬式野球に向いていると何かで見たことがあります。私はその点ソフトボールに向いているようです。硬球は当たると危ないですからね。私には向かないと思います。野球の世界では野村監督は月見草だと言っていましたが、私も廃業した先生のおかげで月見草になりました。そこが似ていますね。しかし、なんといっても野村監督はとにかく大選手ですよ。ただ当時は長島や王選手がいて比べられ、二人の陰に隠れていい思いが無かったせいで、私は月見草だと話したと思います。また嫁さんのサッチーのトラブルで苦労したのもあると思いますね。私も愚痴をこぼすのも野村監督と似ていますので、時々はこの方にブログで出ていただきました。野村監督は亡くなりましたが、このブログではなくてはならない方ですので、これからも時々は出てきてもらいます。それでは私がホームランバッターになった話を書きます。

 

 何かの事故でブログが消えてしまいましたので、書き直しました。前のとは違っていると思いますが仕方がありません。あしからず。

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