廃業されたライバル先生の恐ろしい戦略とは一体どんな戦略だったのでしょうか?実を言いますとこれも単なる商売上手だったかも知れませんですね。この先生が仕事を始めたのが昭和50年頃です。最初は調査士の資格で始めました。その後頭が良かったのでしょうね。すぐに司法書士を取られまして私より5年ぐらい遅く始めましたね。当然私が先輩ですので、私の報酬を調べましたね。そしてターゲットを農地法第3条許可書にしぼってきました。この先生は私の3条許可書より報酬を少し安くしてきたのです。私としてはできれば同じ値段にしてほしかったですね。金額も言いましょう。1千円安くしていましたね。昭和50年代当時、例えば私が1万円の報酬ならばこのライバル先生は9千円になります。私がその後2万円にすると、この先生は1万9千円になり、そして例えば3万2千円にすると3万1千円にするんですよ。私より必ず1千円ほど安くなっていました。今までこの先生の3条の領収書を見ましたけれど、一度も私より上の金額は見たことがありません。本当に徹底して私より1千円安かったですよ。今でも司法書士の領収書と行政書士の領収書は違いますからね、これを見れば私が高い先生だとすぐにわかると思いますよね。私もこの千円安い領収書を見るたびに「しょうがねえなー」と石原裕次郎の様にいつも言ってましたよ。ホントに「しょうがねえなー、しょうがねえなー」といつも言っていました。昭和50年頃、まだこのライバルの先生がいなかった頃、突然豊橋の支部長から電話がありまして、どうゆうわけか「報酬が安いと処分するぞ」と怒鳴られましてね、「山内先生が安かったものですから、少しずつ値上げしますので待ってて下さい」とそんなやりとりもありました。結局私が先頭を切って報酬を徐々に上げていきましたね。ホントに損な役ばかりですわ。  

  

その4に続く

 

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