この相続登記の依頼人の方が私の事務所に来られたのは昭和55年です。事件簿を見ますと昭和55年9月に相続登記を2件申請しています。この相続登記の2件は簡単に登記が終りました。問題はこの依頼人の所有地の中に、旧法で相続が始まる相続物件がまだ2筆残っており、その相続がなかなか難しく、当時、まだ経験の浅い私にはすぐには結論が出せない相続問題でした。それで当時は渥美半島にまだあった登記所である渥美出張所にて相談したわけですが、はっきりとした結論が出せませんでしたね。そこでとりあえず相続が無理だと結論され打ち切りとなりました。そして、いつの日か相続登記ができる希望を持ち続けながら、この時より私の事務所にこの相続書類が預けられたのが、この物語の始まりです。
 この依頼人の方はその後は時々私の事務所に来られて「相続登記は出来ませんかね」と訪ねてこられました。私も旧民法による相続でしたので、「あの相続登記は複雑で無理だと思いますよ」と言っては首を振っていました。結局、この相続書類は私の事務所の金庫に29年間眠り続けることになってしまいました。その後は渥美の登記所がなくなり田原に登記所が合併されてもそのまま無理だと思いほったらかしでした。その間も、依頼人の方が来られて、農地の贈与登記を頼まれたりしたこともありました。又、息子さんと来られて相続登記の事を聞かれたこともありました。当然、息子さんもこの相続書類を私が預かっている事を聞いており知っていると思います。長い時間の間には、色々な相続上の登記技術も身につけましたが、それでも金庫の中に保管を続けました。平成21年12月のある日夢を見ました。この依頼人の方が夢の中で私に言いました「あの相続登記はまだ出来ませんかね」と、私も夢から覚めると思いました。こんな事言ってくるのはKさんだけだよな。と、しかし少し不吉な予感もしたのは事実でもありました。その後、お正月が明けてしばらくして、息子さんが父親が亡くなったと相続の依頼に来られました。不吉な予感は当たりました。預かっていた相続書類に、使える戸籍があると思いましたので久しぶりに金庫から出しました。そこで初めて相続図を書くことにしました。被相続人は大正13年に亡くなっている遺産相続登記でした。不慮の事故で若くして亡くなった方でした。被相続人の子供は3人で、長女、次女、長男です。長男は父親が亡くなってから20日足らずで亡くなっていました。長女、次女はどちらもその家で、戸主になっていました。勿論、家督相続等などで、息子さんまでその預かっていた相続書類を使って、相続登記ができる事が分かりました。問題は長男の方の相続でした。この事だけは豊橋支局で確認を取りました。当たり前ですが、母親に相続権がありました。ここまでくればもう簡単でした。あとは今まで培った相続登記技術で乗り越えられます。母親は渥美町内の実家に戻り、その後、再婚で県内の方に嫁いで行きました。母親の実家であろうと思われる家に電話で聞いたところ、本人はもう既に亡くなっているとのことでしたが、幸いな事に、息子さんがまだ生きているとの事でした。一人息子とゆうことで早速戸籍を取り寄せて、固定電話を調べ電話しました。もう既に80才以上で、夫婦二人だけで住んでいました。電話には本人が出ましたが「わしは半分認知症だからよく分からん」と言いましたので、「奥さんと代わってくれますか?」と聞いたところ、「わしよりひどい」と言う返事でした。子供は遠くに住んでいてこれもダメだとゆう事でした。 郵送書類の内容が複雑になると読んでもくれないと思い、私は相続登記の委任状を入れるのは止めて、持分放棄用の委任状を一枚だけ入れて、これに実印を押して、印鑑証明書を1通取って送って下さいと書いて送りました。
 しばらくして、奥さんの実兄から電話がありました。「川崎さん、お礼に渥美の特産物を送ります。とゆうのはなんとかなりませんかね」と切り出してきました。私もすぐに反応しました。「分かりました、それでは3万円送ります」すると実兄の方は「私もそのくらいだと思います」と答えてくれました。私は少し高かったかなと思いましたが、相続人が一人だけでしたので、少し高くてもいいと思いました。すぐに印鑑証明書1通と実印の押された委任状が送られてきました。オンラインで相続登記と持分放棄登記を同時申請しました。登記完了後、銀行口座に振り込み全てが完了しました。じつに29年と8ヶ月かかって登記が完了したわけです。長い間待ってていただきありがとうございました。




 夢に現れた依頼人は息子さんが相続の依頼に来られる前年の2月に亡くなっています。しかし、私が夢を見たのは12月です。亡くなってから10ヶ月経っています。夢を見てからしばらくして、息子さんが訪ねてきて相続を依頼されました。要するに私の中に夢の残像がまだ十分に残っている時に相続を依頼に来られたのです。それで私も相続書類を金庫から出して調べる気持ちが湧いて来たと思います。もし夢に現われなかったら、もうしばらくは金庫に入っていたかも知れません。なお、相続を依頼に来られた息子さんの話によると、一度だけ父親と一緒に、この母親の住んでいたところへ尋ねて行った事があったそうです。




 夢に現れてまで相続を催促されるとは余程この土地に愛着でもあるのだと思いました。土地宝典で調べてみましたところ、この土地は、ある有名なお祭りの道路沿いにある土地でした。きっと依頼人の方が幼い頃、楽しい思い出があるところだったのではないかと思います。今はもう本人が亡くなって聞くことは出来ませんが。



 私の自宅にあるXPパソコンに持分放棄証書が入っていましたので、この2筆(山林72㎡、畑280㎡)の土地の1筆の登記情報を取りこのブログを書き上げました。昭和55年9月にはまだ母親の方は生存されていましたが、翌年には亡くなっていました。やはり当時は新人の私には無理だったかも知れませんね。当時はこんな相続登記ができるとは知らなかったですからね、長い間には必ず1度や2度は体験する相続登記だと思います。私はこの相続技術を抵当権関係に使っていました。色々問題があり今では詳しい事は話せません。しかし熟練の先生ならば分かると思います。渥美ではこの技術は私しか知らなかったようです。もう少し早く相続図を書いていればもっと早く終わらせていたかも知れません。しかし、このブログを書くことが出来たのは、遅らしたおかげかもしれず、依頼人の方が生存中ならば夢に出てくることもなく、このブログも書けなかったと思います。



 不思議体験のその6が最終回となっていますが、これが最終回かもしれません。又思い出して、不思議体験として書ける話しが出てくるかもしれません。







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