前の事務所の時代の話です。事件簿を調べますと、昭和50年頃から平成の初めの頃の話になります。ある日渥美町内の街中に住んでいる方が訪ねてこられました。話の内容は、農地を買ったので移転登記をして欲しいとの事でした。当然ですが、農地法の許可が必要なことを話しました。農業は全くやってない方だったので、移転登記は無理ですと言いました。そこで実家の両親が農業をやっているかどうかを聞きましたところ、耕作面積も十分にある農家で農業をやっていますと言われました。
 それで、娘(依頼人)さんに申請地への売買の仮登記をして、その後母親に農地売買移転登記をしておく方法を提案しました。母親が亡くなり次第相続登記で娘さんに移転登記をして完了です。この話はすぐにまとまりましたが、当時のことですので、この母親には私は一度も会ったことも無く、娘さんに全て話の内容は任せました。勿論ですが、売主の方にも母親名義にすることを納得させていただきました。
 母親への売買移転登記も完了して、それから何年経ったかわかりませんが、平成元年の終りの頃のある日、娘さんが、母親であるおばあちゃんが亡くなったと訪ねてこられました。私もこれで娘さんへの相続移転登記が出来て全て完了だと安心しました。


 早速母親であるおばあちゃんの戸籍謄本などを取りました。戸籍を見たところ、このおばあちゃんは愛知県内のある町からお嫁さんになって渥美町に入籍された事が分かりました。そしてその出生地の戸籍を郵送で取ったところ、驚いた事に、再婚によって渥美町に入籍されていました。その後最初の嫁ぎ先の戸籍を取ったところ、案の定と言いますか、子供が二人いました。姉弟でした。娘さんに聞いたところ、全く知らなかったそうです。おばあちゃんはお墓まで最初の嫁ぎ先で生まれた姉弟の事は、一言も言わずに亡くなったそうです。私も簡単な相続だと思ったのですが、とんでもないことになってしまいました。ちなみに父親に登記をしておけばよいかと思いますが、当時は今と違って、農家の主人の多くが農業者年金制度に加入しており、父親に安易に移転登記は出来ない時代でした。


 こんなはずではなかったのですが、仕方がありません。この企画を考えた責任もありますので、私が二人の相続人(姉弟)へ手紙を出して相続書類を集めることにしました。お涙頂戴やら、浪花節やら、挙句の果ては、せめておばあちゃんは、あなたたちに亡くなったことだけでも知らせたかったと思います。などと必死に書いて送りました。その甲斐あって、すぐに相続書類が送られてきました。しかし一緒に同封されて入っていた姉からの手紙には、あなたの浪花節など聞きたくもないと、書かれてもいました。ごもっともな話です。しかし、産みの親より育ての親と申しましょうか、意外と素直に育っていまして、相続トラブルにもならず早く解決できました。簡単に相続登記が出来て、ホントに良かったです。
  

 このような母親に農地を移転後、相続にて取得させた事はこの一件だけでしたね。よりによってたった一件だけでしたが、冷や汗をかきました。世の中には遺言書として残さなくても、このおばあちゃんのように、亡くなったことを知らせることができたのは、このおばあちゃんに農地を移転登記したおかげかもしれません。おばあちゃんも草葉の陰で私に手を合わせて「川崎さんありがとう」と、にこにこしながら言ってたかも知れませんね。

相続登記完了後、娘さんは姉弟へ、お礼のメロンを送ったそうです。
 終わりよければ全てよし。

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